在宅介護しながらウィーンへ行くブログ~猫とビターチョコレート~
独身のアラフォーが家族を在宅介護、やりくりしながらウィーン旅行を目指します
「大丈夫?」
「秋になったら、母を家につれて帰る。」
そう宣言したら
「大丈夫?」
「大変ね!」
っていっぱい言われました。
たくさんの方が心配してくださりました。
みんな優しいです。
ほんとうにいい方ばかりです。
でも。
正直、疲れました。
否。
飽きました。
大丈夫?ってきかれることに。
いつもどう答えていいかわかんない。
「大丈夫です!」
っていっても信じてもらえないし、
「ぜんぜん大丈夫じゃないです!」
とは、いえないし。
大丈夫かどうかなんてやってみなければわからない。
しかたがないから
「ええまあ、ぼちぼちやりますわー」
と、てきとうにごまかしとく。
「心配」とか「不安」とか。
「しんどい」とか「大変」とか。
「やっていけるかどうか」とか。
そんなもん、しらない。
考えたって仕方がない。
どうでもいいんだ。
そんな言葉は、私には、いらないから。
ネガティブな言葉からは何もうまれないから。
たとえば知らない土地で迷子になったときに
いろいろ心配したり
大変かなって思ったり
やっていけるかどうかなんて、考えても無駄だから。
不安になっても良いことひとつもなくて、体力を奪われるだけだから。
それよりしっかり前を見て、道を探すほうに集中したい。
「大丈夫?」
ってきかれたとき、近頃では
「楽しみです」
って答えてみる。
何が起こるかわからない。
人生も旅も。
それがおもしろいんじゃないか。
安全な道へ逃げて後悔するよりも
やれるだけのことをやってみたいと思う。
何事も頑張ったら疲れるから
とりあえず楽しんでおこうと思う。
母が帰ってきたら、あれをやってみよう。
あれを買ってきて食べよう。
あの話をしよう。
あれを見せよう。
妹と3人で、こうやって過ごそう。
・・・そんなふうに、いろいろ、考えてる。
不安なことはいっぱいある。
すっごく大変でぜんぜん大丈夫じゃないことがいっぱいある。
今でもあるし、これからももっとあるだろう。
あたりまえだよ!
生きてるんだから。
きっとみんな、誰だって同じ。
浅はかでもいい。
苦しんでもいい。
後悔してもいい。
人生は旅だから。
生きてくことは難しいけど、きっと楽しい。
だから。
「大丈夫?」っていわれるよりも
「頑張ってね」って言葉のほうが嬉しいのです。
そう宣言したら
「大丈夫?」
「大変ね!」
っていっぱい言われました。
たくさんの方が心配してくださりました。
みんな優しいです。
ほんとうにいい方ばかりです。
でも。
正直、疲れました。
否。
飽きました。
大丈夫?ってきかれることに。
いつもどう答えていいかわかんない。
「大丈夫です!」
っていっても信じてもらえないし、
「ぜんぜん大丈夫じゃないです!」
とは、いえないし。
大丈夫かどうかなんてやってみなければわからない。
しかたがないから
「ええまあ、ぼちぼちやりますわー」
と、てきとうにごまかしとく。
「心配」とか「不安」とか。
「しんどい」とか「大変」とか。
「やっていけるかどうか」とか。
そんなもん、しらない。
考えたって仕方がない。
どうでもいいんだ。
そんな言葉は、私には、いらないから。
ネガティブな言葉からは何もうまれないから。
たとえば知らない土地で迷子になったときに
いろいろ心配したり
大変かなって思ったり
やっていけるかどうかなんて、考えても無駄だから。
不安になっても良いことひとつもなくて、体力を奪われるだけだから。
それよりしっかり前を見て、道を探すほうに集中したい。
「大丈夫?」
ってきかれたとき、近頃では
「楽しみです」
って答えてみる。
何が起こるかわからない。
人生も旅も。
それがおもしろいんじゃないか。
安全な道へ逃げて後悔するよりも
やれるだけのことをやってみたいと思う。
何事も頑張ったら疲れるから
とりあえず楽しんでおこうと思う。
母が帰ってきたら、あれをやってみよう。
あれを買ってきて食べよう。
あの話をしよう。
あれを見せよう。
妹と3人で、こうやって過ごそう。
・・・そんなふうに、いろいろ、考えてる。
不安なことはいっぱいある。
すっごく大変でぜんぜん大丈夫じゃないことがいっぱいある。
今でもあるし、これからももっとあるだろう。
あたりまえだよ!
生きてるんだから。
きっとみんな、誰だって同じ。
浅はかでもいい。
苦しんでもいい。
後悔してもいい。
人生は旅だから。
生きてくことは難しいけど、きっと楽しい。
だから。
「大丈夫?」っていわれるよりも
「頑張ってね」って言葉のほうが嬉しいのです。
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天国からのお小遣い
先日、亡き祖父の部屋を掃除していたら、
大量の香典袋がみつかった。
お爺の葬式のときに頂いたものだ。
名簿は残ってるし、袋は捨ててもいいだろう。
・・・袋だけなら。
念のため、1枚1枚、開けて点検していったら、
2万円でてきた。
取り出し忘れだろう。
物入りな時なので本当にありがたい。
すぐさまユニクロへ出かけて母の夏服を買いこんだ。
介護しやすい服を買う必要があったから。
1枚だけ私のも買った。
自分の服を買うのは久しぶりだったから、すごく嬉しかった。
天国から届いたプレゼントだと思った。
ありがとう、お爺。
「どういたしましてでしゅ」
目を細めて微笑むお爺の顔が目に浮かんだ。
大量の香典袋がみつかった。
お爺の葬式のときに頂いたものだ。
名簿は残ってるし、袋は捨ててもいいだろう。
・・・袋だけなら。
念のため、1枚1枚、開けて点検していったら、
2万円でてきた。
取り出し忘れだろう。
物入りな時なので本当にありがたい。
すぐさまユニクロへ出かけて母の夏服を買いこんだ。
介護しやすい服を買う必要があったから。
1枚だけ私のも買った。
自分の服を買うのは久しぶりだったから、すごく嬉しかった。
天国から届いたプレゼントだと思った。
ありがとう、お爺。
「どういたしましてでしゅ」
目を細めて微笑むお爺の顔が目に浮かんだ。
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きっと大丈夫
朝ドラをみてる。
『あまちゃん』をみてる。
楽しい可笑しいドラマなんだ。
だけど。
夢を追う少女がチャンスに恵まれ、いざ上京という時に父親が倒れる、という話があった。
脳梗塞かなんかだった。
少女は東京へは行けなかった。
「行けよ!」
と私は思った。
父親は命に別状がなく母も兄もいる、政治家だからきっと秘書だっているだろう。
女子高生にできることなんかきっとないから一生で一度かもしれないチャンスを掴みにさっさと東京へ行けよ!
「行ってくれよ!」
だけど彼女は行かなかった。
そうこうするうちにこんどは母親が家出をした。
なんか嫌になったんだって。
自分の人生考えちゃったんだって。
「この根性なし!!!」
妙な感情移入をしながら観てるから、朝8時の我が家はやたらうるさい。
・・・で。
ドラマで倒れた父親は驚異の回復をみせ、1,2か月で歩けるようになってた。
うらやましい限りである。
介護めっちゃ軽いやん。
うちのオカンは発症5か月にしていまだ歩くどころか座ることもままならん。
「そんなん、めっちゃ軽いやん!」
というひとがいた。
「座れなくてもはっきり喋るし、固形食べられるし、右手動くし!
こんなの重度のうちに入らないわよお!」
それは母の育児仲間の言葉だった。
「うちの子たちと比べたら、ね!」
そのひとの娘さんも、うちの妹も、重度の重複障害をもって生まれてきた。
私たち家族はずっと妹のオムツ交換をし、食事介助をし、夜中に呼び起こされ、そうやって30年間暮らしてきたのだ。
彼女たちに比べればたしかに母の介護度はずっと軽い。
「だからきっと大丈夫よ」
今までたくさんの人から「たいへんね」ばかり言われてきたし
逆に「なんとかなるよ」っていわれても「何もしらないくせに」と腹が立った。
なのに母とともに戦ってきた人の言葉は、すんなり聞くことができた。
「きっと大丈夫。」
って。
なんか嬉しかった。
「でも・・・」
と、そのひとは続けた。
「お母さんを支え、妹さんを支え、お父さんも支えなちゃいけないあなたのことは、いったい誰が支えてくれるの?」
大丈夫です。
私には、友達がいます。
泣きたいときそばにいてくれる友がいます。
信頼できる人がいます。
普段はあんまり連絡をとらないのに何かあったらメールをくれる人がいます。
見守っていてくれる人がいます。
私は本当に恵まれています。
だから、きっと大丈夫です。
『あまちゃん』をみてる。
楽しい可笑しいドラマなんだ。
だけど。
夢を追う少女がチャンスに恵まれ、いざ上京という時に父親が倒れる、という話があった。
脳梗塞かなんかだった。
少女は東京へは行けなかった。
「行けよ!」
と私は思った。
父親は命に別状がなく母も兄もいる、政治家だからきっと秘書だっているだろう。
女子高生にできることなんかきっとないから一生で一度かもしれないチャンスを掴みにさっさと東京へ行けよ!
「行ってくれよ!」
だけど彼女は行かなかった。
そうこうするうちにこんどは母親が家出をした。
なんか嫌になったんだって。
自分の人生考えちゃったんだって。
「この根性なし!!!」
妙な感情移入をしながら観てるから、朝8時の我が家はやたらうるさい。
・・・で。
ドラマで倒れた父親は驚異の回復をみせ、1,2か月で歩けるようになってた。
うらやましい限りである。
介護めっちゃ軽いやん。
うちのオカンは発症5か月にしていまだ歩くどころか座ることもままならん。
「そんなん、めっちゃ軽いやん!」
というひとがいた。
「座れなくてもはっきり喋るし、固形食べられるし、右手動くし!
こんなの重度のうちに入らないわよお!」
それは母の育児仲間の言葉だった。
「うちの子たちと比べたら、ね!」
そのひとの娘さんも、うちの妹も、重度の重複障害をもって生まれてきた。
私たち家族はずっと妹のオムツ交換をし、食事介助をし、夜中に呼び起こされ、そうやって30年間暮らしてきたのだ。
彼女たちに比べればたしかに母の介護度はずっと軽い。
「だからきっと大丈夫よ」
今までたくさんの人から「たいへんね」ばかり言われてきたし
逆に「なんとかなるよ」っていわれても「何もしらないくせに」と腹が立った。
なのに母とともに戦ってきた人の言葉は、すんなり聞くことができた。
「きっと大丈夫。」
って。
なんか嬉しかった。
「でも・・・」
と、そのひとは続けた。
「お母さんを支え、妹さんを支え、お父さんも支えなちゃいけないあなたのことは、いったい誰が支えてくれるの?」
大丈夫です。
私には、友達がいます。
泣きたいときそばにいてくれる友がいます。
信頼できる人がいます。
普段はあんまり連絡をとらないのに何かあったらメールをくれる人がいます。
見守っていてくれる人がいます。
私は本当に恵まれています。
だから、きっと大丈夫です。
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