在宅介護しながらウィーンへ行くブログ~猫とビターチョコレート~
独身のアラフォーが家族を在宅介護、やりくりしながらウィーン旅行を目指します
視えてる?
先月くらいから、母はときどき幻をみるようになった。
来てもいない人が来ているとか。
ありもしないものが見えるとか。
そんな類。
私たちはそれをずっと脳の障害がみせる妄想だと思っていたのだけれど・・・
最近、ハタと気がついた。
「もしかしたら本当に見えているのかも」
って。
母はいわゆる「視える人」らしい。
死んだおじいちゃんとか、知らないおばあちゃんとか、この世のモノでないものを見つけては
「あ、いてはる」
ということがときどきあった。
たいていは「あんたたちが怖がるから」と教えてくれなかったけど。
病気になってそういう遠慮ができないだけなのかもしれない。
だから、このあいだから
「小さな子供が走っててね・・・ほら、今そこにいるの」
とか言ってるのはもしかして、もしかしたら、本当に何かいるのかもしれない。
そう教えてあげたら看護師さんに
「やめてください」
と怒られました。
来てもいない人が来ているとか。
ありもしないものが見えるとか。
そんな類。
私たちはそれをずっと脳の障害がみせる妄想だと思っていたのだけれど・・・
最近、ハタと気がついた。
「もしかしたら本当に見えているのかも」
って。
母はいわゆる「視える人」らしい。
死んだおじいちゃんとか、知らないおばあちゃんとか、この世のモノでないものを見つけては
「あ、いてはる」
ということがときどきあった。
たいていは「あんたたちが怖がるから」と教えてくれなかったけど。
病気になってそういう遠慮ができないだけなのかもしれない。
だから、このあいだから
「小さな子供が走っててね・・・ほら、今そこにいるの」
とか言ってるのはもしかして、もしかしたら、本当に何かいるのかもしれない。
そう教えてあげたら看護師さんに
「やめてください」
と怒られました。
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たまにはビールを
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要介護認定と弾丸旅行
木曜日に母の要介護認定の調査があった。
役所のひとがきて、母にたくさん質問をして。
その方はとても親切な言葉と穏やかな物腰で、構えていた私はほっとしたのだけれど。
・・・けれど。
それは、母にとっても私にとっても、せつない時間だった。
「~はできますか?」
という問いに母はすべて「いいえ」と答えなければならなかったからだ。
立てますか。
いいえ。
座れますか。
いいえ。
着替えはひとりでできますか。
いいえ。
トイレには行けますか。
いいえ。
歯磨きはできますか。
いいえ。
時間はわかりますか。
いいえ。
この字は読めますか。
いいえ。
ときどき母は「はい、できます」と答えた。
だけどどう見てもそれはほんとは「いいえ」だった。
調査員の人もそれはすぐにわかったらしい。
廊下にでるとき
「だいぶ理解力が落ちておられますねえ」
と、つぶやくように言ったから。
そのあと看護師さんがきて、すべてにおいて全介助ですと付け足していった。
いいえ。
いいえ。
いいえ。
いいえ!
それは介護保険サービスを受けるうえで必要な調査であり、いいえが多いほど受けられるサービスは増えていく。
もちろんそれはわかっているのだが、それでも私は叫びたくなる衝動をこらえなければならなかった。
できることもあるんです!
って言いたくなった。
名前と住所は漢字で書けるんです。
あんまりむせずにコーヒーを飲めるんです。
テレビのリモコンを押せるようになったんです。
携帯メールで「こんにちは」って書けるんです。
音楽を聞いてモーツアルトとかバッハとかヴェニヤフスキとか名前を言えるんです。
自立支援法のことよく覚えているんです。
手足がすごく痛いときでも、私が帰るときは
「車に気をつけてね、毎日ありがとう」
って言ってくれるんです。
母は聡明で穏やかで、とにかくずっと動いてる人だった。
知的障害者の会、重度重複障害者の会、地元の音楽家を集めてのコンサート、若者のオーケストラ、子どものバイオリン指導、ボランティア活動、訓練会を3つ。
総会、委員会、演奏会。
365日毎日どこかへ出かけてた。
スーパーマンみたいだっていわれてた。
どんな鉄人でもいつかは老いる。
もちろん頭では理解していた。
いつかはこの日がくることを。
でも覚悟はできていなかった。
人は「だんだんと老いていくもの」だと思っていたから。
だんだん皺が増え、だんだん体が動かしにくくなり、だんだん物忘れが増えていき・・・。
ところが母はある日突然、なんのまえぶれもなく「老人」になった。
まるで玉手箱を開けてしまった浦島太郎みたいに。
倒れる直前まで会議に出席していたのに、もくもくと煙につつまれて。
そしてなんにもできなくなって、
「あなたは老人です。」
一覧表に記された「いいえ」の行列は、目の前に突きつけられた現実そのものだった。
これが去年だったら64歳で、中途障害ってことで雰囲気はまた違ったのかなあ。
だけど、玉手箱を開けたあとでも、浦島太郎は浦島太郎だ。
何もかわりはないはずだ。
ただ、老人になって動けなくなったってだけで。
母はかわりなく母だ。
「車に気をつけて帰りよ」
っていってくれる母なんだ。
人は、なにをもってその人とするのだろうか。
なにをもって母は母で、私は私で、あなたはあなたでいられるのだろうか。
それは「いいえ」の数ではなく、できないことではなく。
肯定することではないだろうか。
なんにもできなくなった母はまだ、コーヒーを飲んで、歌を歌うことができる。
生まれつきなんにもできない妹は、それでも元気に笑うことができる。
人をその人たらしめるのは、そういうことじゃないだろうか。
そんなことを考えながら。
深夜バスに乗って旅にでました。
仕事が休みになったその日は、叔母が病院にいってくれる予定だったので。
前に宣言したとおりの弾丸旅行に出たのです。
旅ブログに更新していきます。
役所のひとがきて、母にたくさん質問をして。
その方はとても親切な言葉と穏やかな物腰で、構えていた私はほっとしたのだけれど。
・・・けれど。
それは、母にとっても私にとっても、せつない時間だった。
「~はできますか?」
という問いに母はすべて「いいえ」と答えなければならなかったからだ。
立てますか。
いいえ。
座れますか。
いいえ。
着替えはひとりでできますか。
いいえ。
トイレには行けますか。
いいえ。
歯磨きはできますか。
いいえ。
時間はわかりますか。
いいえ。
この字は読めますか。
いいえ。
ときどき母は「はい、できます」と答えた。
だけどどう見てもそれはほんとは「いいえ」だった。
調査員の人もそれはすぐにわかったらしい。
廊下にでるとき
「だいぶ理解力が落ちておられますねえ」
と、つぶやくように言ったから。
そのあと看護師さんがきて、すべてにおいて全介助ですと付け足していった。
いいえ。
いいえ。
いいえ。
いいえ!
それは介護保険サービスを受けるうえで必要な調査であり、いいえが多いほど受けられるサービスは増えていく。
もちろんそれはわかっているのだが、それでも私は叫びたくなる衝動をこらえなければならなかった。
できることもあるんです!
って言いたくなった。
名前と住所は漢字で書けるんです。
あんまりむせずにコーヒーを飲めるんです。
テレビのリモコンを押せるようになったんです。
携帯メールで「こんにちは」って書けるんです。
音楽を聞いてモーツアルトとかバッハとかヴェニヤフスキとか名前を言えるんです。
自立支援法のことよく覚えているんです。
手足がすごく痛いときでも、私が帰るときは
「車に気をつけてね、毎日ありがとう」
って言ってくれるんです。
母は聡明で穏やかで、とにかくずっと動いてる人だった。
知的障害者の会、重度重複障害者の会、地元の音楽家を集めてのコンサート、若者のオーケストラ、子どものバイオリン指導、ボランティア活動、訓練会を3つ。
総会、委員会、演奏会。
365日毎日どこかへ出かけてた。
スーパーマンみたいだっていわれてた。
どんな鉄人でもいつかは老いる。
もちろん頭では理解していた。
いつかはこの日がくることを。
でも覚悟はできていなかった。
人は「だんだんと老いていくもの」だと思っていたから。
だんだん皺が増え、だんだん体が動かしにくくなり、だんだん物忘れが増えていき・・・。
ところが母はある日突然、なんのまえぶれもなく「老人」になった。
まるで玉手箱を開けてしまった浦島太郎みたいに。
倒れる直前まで会議に出席していたのに、もくもくと煙につつまれて。
そしてなんにもできなくなって、
「あなたは老人です。」
一覧表に記された「いいえ」の行列は、目の前に突きつけられた現実そのものだった。
これが去年だったら64歳で、中途障害ってことで雰囲気はまた違ったのかなあ。
だけど、玉手箱を開けたあとでも、浦島太郎は浦島太郎だ。
何もかわりはないはずだ。
ただ、老人になって動けなくなったってだけで。
母はかわりなく母だ。
「車に気をつけて帰りよ」
っていってくれる母なんだ。
人は、なにをもってその人とするのだろうか。
なにをもって母は母で、私は私で、あなたはあなたでいられるのだろうか。
それは「いいえ」の数ではなく、できないことではなく。
肯定することではないだろうか。
なんにもできなくなった母はまだ、コーヒーを飲んで、歌を歌うことができる。
生まれつきなんにもできない妹は、それでも元気に笑うことができる。
人をその人たらしめるのは、そういうことじゃないだろうか。
そんなことを考えながら。
深夜バスに乗って旅にでました。
仕事が休みになったその日は、叔母が病院にいってくれる予定だったので。
前に宣言したとおりの弾丸旅行に出たのです。
旅ブログに更新していきます。
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