在宅介護しながらウィーンへ行くブログ~猫とビターチョコレート~
独身のアラフォーが家族を在宅介護、やりくりしながらウィーン旅行を目指します
入道雲
真夏の夜の悪夢
夢をみた。
旅の夢だった。
ツアーで知らない町に来て、はぐれた。
一人で迷子だ。
さまよっていると、変な建物に入りこんだ。
学校のような病院のような。
複雑に入り組んだ奇妙な建物だった。
子供や女の人やおじさんや、たくさんの人が廊下を歩いているのだが、出会う人たちがみんなこっちをむいてニヤニヤ笑ってくる。
歯をだしてニヤニヤ。
目をみひらいてニヤニヤ。
白黒で、音も無い夢のなかで、大勢の人がただニヤニヤ笑ってる。
嫌な雰囲気だった。
夢はつづく。
探していた人が4階にいるとわかり、エレベーターで行くことにした。
エレベーターホールは広かった。
上ボタンを押すと
「ぽーん」
と音がして扉が開く。
そのとたん!
白黒だった夢が突然、フルカラーに変わった。
まぶしい光と鮮やかな色が押し寄せてくる。
エレベーターはとても広くて豪華だった。
天井にはシャンデリア。
壁面はガラス張り。
豪華なエレベーターの中に、赤ちゃん人形をのせたベビーカーが7台、並んでいた。
赤ちゃん人形・・・外国のミルク飲み人形、といえば分って頂けるだろうか。
お世辞にも可愛いとはいえない、禿げ頭で目が虚ろで、ものすごく不気味な赤ちゃんだ。
それが7体並んでる。
扉が開くといっせいに、首を振り向いて私を見た。
そして叫んだ。
「ママー、ママー、ママー!」
「ママー、ママー、ママー!」
ベビーカーがそろって向きを変え
「ママー、ママー、ママー!」
「ママー、ママー、ママー!」
金切り声をあげながら私のほうへ向かってくる!
「ママー、ママー、ママー!」
「ママー、ママー、ママー!」
「ママー、ママー、ママー!」
「ママー、ママー、ママー!」
ぎゃー!
私はママじゃねえ!
そこで目が覚めた。
現実の世界はもう朝で、妹がでかい声で
「ママー!」
って呼んでた。
うるさいよもう。
旅の夢だった。
ツアーで知らない町に来て、はぐれた。
一人で迷子だ。
さまよっていると、変な建物に入りこんだ。
学校のような病院のような。
複雑に入り組んだ奇妙な建物だった。
子供や女の人やおじさんや、たくさんの人が廊下を歩いているのだが、出会う人たちがみんなこっちをむいてニヤニヤ笑ってくる。
歯をだしてニヤニヤ。
目をみひらいてニヤニヤ。
白黒で、音も無い夢のなかで、大勢の人がただニヤニヤ笑ってる。
嫌な雰囲気だった。
夢はつづく。
探していた人が4階にいるとわかり、エレベーターで行くことにした。
エレベーターホールは広かった。
上ボタンを押すと
「ぽーん」
と音がして扉が開く。
そのとたん!
白黒だった夢が突然、フルカラーに変わった。
まぶしい光と鮮やかな色が押し寄せてくる。
エレベーターはとても広くて豪華だった。
天井にはシャンデリア。
壁面はガラス張り。
豪華なエレベーターの中に、赤ちゃん人形をのせたベビーカーが7台、並んでいた。
赤ちゃん人形・・・外国のミルク飲み人形、といえば分って頂けるだろうか。
お世辞にも可愛いとはいえない、禿げ頭で目が虚ろで、ものすごく不気味な赤ちゃんだ。
それが7体並んでる。
扉が開くといっせいに、首を振り向いて私を見た。
そして叫んだ。
「ママー、ママー、ママー!」
「ママー、ママー、ママー!」
ベビーカーがそろって向きを変え
「ママー、ママー、ママー!」
「ママー、ママー、ママー!」
金切り声をあげながら私のほうへ向かってくる!
「ママー、ママー、ママー!」
「ママー、ママー、ママー!」
「ママー、ママー、ママー!」
「ママー、ママー、ママー!」
ぎゃー!
私はママじゃねえ!
そこで目が覚めた。
現実の世界はもう朝で、妹がでかい声で
「ママー!」
って呼んでた。
うるさいよもう。
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明けない夜はない
8月15日。
終戦記念日。
敗戦ではなく「終戦」記念日と呼ぶのは
「正義の戦争など存在しない。
勝ち負けに関係なく戦争は悪いこと。
私たちは2度と戦争はしません」
と誓う意味なのだと小学校で習った。
その8月15日が、よその国では「戦勝」記念日だったり、「解放」記念日だったりする。
勝った国。
負けた国。
虐げられた国。
67年も経っても尚それぞれの国の思いは平行線だ。
どんなに科学が進歩しても戦争を失くすことはできない。
どんなに文化が発達しても隣国を挑発することをやめない。
もしかしたら戦争は、人類の本能なんじゃないかとさえ思う。
「希望は捨てたらアカン」
と、近所のおばあちゃんが言った。
「私なんかこの年で、不治の病で、あとはもう死ぬばっかりや。
それでも希望はまだ持っとる。
朝、どんなに体がつらくても
『ひょっとしたら新薬ができるかも』
って思いながら毎日、起きる。
若いあんたらは、絶対、希望だけは、捨てたらアカンのや。
たとえこの先どんなことが起こってもな。
明けない夜はない」
明けない夜はない。
おばあちゃんは、終戦をむかえた朝、そう思ったのだそうだ。
明けない夜はない。
8月15日は、敗戦と、終戦と、希望の日でもあるのだ。
終戦記念日。
敗戦ではなく「終戦」記念日と呼ぶのは
「正義の戦争など存在しない。
勝ち負けに関係なく戦争は悪いこと。
私たちは2度と戦争はしません」
と誓う意味なのだと小学校で習った。
その8月15日が、よその国では「戦勝」記念日だったり、「解放」記念日だったりする。
勝った国。
負けた国。
虐げられた国。
67年も経っても尚それぞれの国の思いは平行線だ。
どんなに科学が進歩しても戦争を失くすことはできない。
どんなに文化が発達しても隣国を挑発することをやめない。
もしかしたら戦争は、人類の本能なんじゃないかとさえ思う。
「希望は捨てたらアカン」
と、近所のおばあちゃんが言った。
「私なんかこの年で、不治の病で、あとはもう死ぬばっかりや。
それでも希望はまだ持っとる。
朝、どんなに体がつらくても
『ひょっとしたら新薬ができるかも』
って思いながら毎日、起きる。
若いあんたらは、絶対、希望だけは、捨てたらアカンのや。
たとえこの先どんなことが起こってもな。
明けない夜はない」
明けない夜はない。
おばあちゃんは、終戦をむかえた朝、そう思ったのだそうだ。
明けない夜はない。
8月15日は、敗戦と、終戦と、希望の日でもあるのだ。
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