在宅介護しながらウィーンへ行くブログ~猫とビターチョコレート~
独身のアラフォーが家族を在宅介護、やりくりしながらウィーン旅行を目指します
電車に乗るぞ
金券ショップで青春18きっぷを買った。
店のおばちゃんが
「へえ、いいねえ! どこ行くの」
と聞いてきた。
「九州です」
「へえ! 博多とか?」
「宮崎です」
「えっ、行けるの?コレ特急乗れないよ!?ほんとに行けるの?」
めっちゃ念を押された。
18きっぷだから特急は乗れない。
夜行にも乗らない。
ただただひたすら、鈍行で。
ごっとん。
がったん。
一泊二日。
ただただ、電車に乗りにいく。
明日の始発に乗って
帰ってくるのは火曜日の夜。
乗車時間は合計17時間半の予定です。
・・・雨、上がれ。
店のおばちゃんが
「へえ、いいねえ! どこ行くの」
と聞いてきた。
「九州です」
「へえ! 博多とか?」
「宮崎です」
「えっ、行けるの?コレ特急乗れないよ!?ほんとに行けるの?」
めっちゃ念を押された。
18きっぷだから特急は乗れない。
夜行にも乗らない。
ただただひたすら、鈍行で。
ごっとん。
がったん。
一泊二日。
ただただ、電車に乗りにいく。
明日の始発に乗って
帰ってくるのは火曜日の夜。
乗車時間は合計17時間半の予定です。
・・・雨、上がれ。
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初心にかえってみた
昔の日記を発見した。
ノートではなく、WEB日記「駄の日常」のいちばん最初の記事だ。
日付は2001年7月19日。
古い日記って恥ずかしいんだよね。
赤面するようなことが書いてあったりするんだよね。
ドキドキしながら読んでみた。
これは・・・なんというか・・・。
赤面するというよりも。
今とまったく変わっていない。
10年以上も経つというのに。
まるで昨日書いた文章みたいだ。
私はなんでこうも成長しないのだろうか。
と、こんなこと考えているあいだにまた日付が変わりそうだよ。
ノートではなく、WEB日記「駄の日常」のいちばん最初の記事だ。
日付は2001年7月19日。
古い日記って恥ずかしいんだよね。
赤面するようなことが書いてあったりするんだよね。
ドキドキしながら読んでみた。
『誕生日だしヒマだし、日記をつけようと思った。
なんかこう、かっこいい出だしはないものか。
後で振りかえって、
「そういえばあの日が原点だった・・・」
と懐古できるような出だし。
が、考えている間に寝てしまって、起きたらこのていたらく。
人生50年と言うならば、とっくに後半にさしかかっているのに、なんでこうもダラダラしちゃうんだろう。
ああ、そんなこと言ってるうちに日付が変わって、誕生日ももう終わったよ。』
これは・・・なんというか・・・。
赤面するというよりも。
今とまったく変わっていない。
10年以上も経つというのに。
まるで昨日書いた文章みたいだ。
私はなんでこうも成長しないのだろうか。
と、こんなこと考えているあいだにまた日付が変わりそうだよ。
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ネタにならない妹
まとまった文章を書きたいと思った。
旅行記じゃなくブログでもなく、もっと長い文章を。
何を書こうか考えて、真っ先に思い浮かんだのが妹の顔だった。
これまでに何度か試みたことがある。
『障害児の成長とその家族』
ってなんかよさげなじゃない?
今度こそ! と思った・・・のだけど。
やっぱり、ならない。
ドラマにならない!
ああいうのって涙が必用だと思う。
悲哀とか、葛藤とか。
それを乗り越えたときの感動とか、泣き所。
一般的にね。
たとえば、障害をもって生まれてきた我が子をはじめてみた母親の涙とか。
一般的な母親話 「なぜうちの子がこんな目に!」
うちの母 「はっはっは、生きてるだけで丸儲けー!」
違うなあ。
なんか違う。
たとえば、うまれてきた子に障害があると知ったときの家族の反応とか。
一般「神様を恨むわ!」
私「おもしろそうー!」
・・・違うよなあ。
一般「自分の足で歩きたいと思ったこともあったけど、車椅子でも私らしく笑顔で生きていこう」
妹「人生楽しいからそれでいいんじゃない?」
なんだかなあ。
ノリが軽すぎるんだよなあ。
一般「可哀想って言わないで…」
私「U子、あんた自分を可哀想だと思う?」
妹「うん思うよ! こんな家族をもった私ってつくづく可哀想」
私「私のほうこそ可哀想やん!」
一般「妹を介護・介助していくうちに、他のひとの役にもたてればと思って介護の仕事につきました」
私「絶対に介護職だけはイヤ!
家でしてるのにわざわざ仕事でまでやりたくない!
だいたい私は妹の奴隷じゃないんだよ?」
妹「いや~、お姉ちゃんは私の奴隷でしょ」
私「なんだとこのー!」
妹「アホ!」
私「ボケ!」
私たちは本気で兄弟ゲンカをやる。
私が泣かされることはあっても
妹が泣いたことは一度もない。
障害が先天性なせいか、本人の性格のせいか。
ぜんぜんドラマチックじゃない。
涙とか葛藤とか努力とか
だいぶ探してみたけど、見つからなかった。
正直に家族の話を文章にしたら・・・本当のことを書いたら泣けないどころか笑えないし、たぶん、9割の読者がドン引きすると思う。
いいネタのはずなのに勿体無い。
ああ、何を書こう・・・。
旅行記じゃなくブログでもなく、もっと長い文章を。
何を書こうか考えて、真っ先に思い浮かんだのが妹の顔だった。
これまでに何度か試みたことがある。
『障害児の成長とその家族』
ってなんかよさげなじゃない?
今度こそ! と思った・・・のだけど。
やっぱり、ならない。
ドラマにならない!
ああいうのって涙が必用だと思う。
悲哀とか、葛藤とか。
それを乗り越えたときの感動とか、泣き所。
一般的にね。
たとえば、障害をもって生まれてきた我が子をはじめてみた母親の涙とか。
一般的な母親話 「なぜうちの子がこんな目に!」
うちの母 「はっはっは、生きてるだけで丸儲けー!」
違うなあ。
なんか違う。
たとえば、うまれてきた子に障害があると知ったときの家族の反応とか。
一般「神様を恨むわ!」
私「おもしろそうー!」
・・・違うよなあ。
一般「自分の足で歩きたいと思ったこともあったけど、車椅子でも私らしく笑顔で生きていこう」
妹「人生楽しいからそれでいいんじゃない?」
なんだかなあ。
ノリが軽すぎるんだよなあ。
一般「可哀想って言わないで…」
私「U子、あんた自分を可哀想だと思う?」
妹「うん思うよ! こんな家族をもった私ってつくづく可哀想」
私「私のほうこそ可哀想やん!」
一般「妹を介護・介助していくうちに、他のひとの役にもたてればと思って介護の仕事につきました」
私「絶対に介護職だけはイヤ!
家でしてるのにわざわざ仕事でまでやりたくない!
だいたい私は妹の奴隷じゃないんだよ?」
妹「いや~、お姉ちゃんは私の奴隷でしょ」
私「なんだとこのー!」
妹「アホ!」
私「ボケ!」
私たちは本気で兄弟ゲンカをやる。
私が泣かされることはあっても
妹が泣いたことは一度もない。
障害が先天性なせいか、本人の性格のせいか。
ぜんぜんドラマチックじゃない。
涙とか葛藤とか努力とか
だいぶ探してみたけど、見つからなかった。
正直に家族の話を文章にしたら・・・本当のことを書いたら泣けないどころか笑えないし、たぶん、9割の読者がドン引きすると思う。
いいネタのはずなのに勿体無い。
ああ、何を書こう・・・。
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